BUCK-TICK 『97BT99』Disc.2

 

紹介なんてものではなくむしろ「自分の好きな作品性を確認する」ような作業なのですが──

 

 

「全時代名盤しかない」とも「最新が最高」とも言われるBUCK-TICKの作品のなかで、自分が特に、聴く度に「この時期の作品は特に好みだなあ」と思う時期というのがあります。

1997年から2000年頃のBUCK-TICK

 

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……BUCK-TICKを知っている方々からすれば「いやそこかい」という話になるかもしれません (笑)。その時期のBUCK-TICKというのは、1997年に「BUCK-TICK史一の怪作」とも呼ばれたアルバム『SEXY STREAM LINER』を出し、98~99年の2年間はおよそポップスチャート向きとは思えないシングル作品を数枚送り出したのみで、売り上げと客席を大きく落としていたとも語られる時期。今井寿自身も市川哲史に「人生初のスランプ」と語り、櫻井敦司は後のラジオ等々の場で「バンド自体も手探り状態だった頃」と語っていた、そんな時期の作品群です。

逆に言えばそんな暗礁の上にあるかのような時期なのに、『ミウ』や『月世界』、そして2000年のアルバム『ONE LIFE, ONE DEATH』を完成せしめていたということでもあります。自称「スランプ」期に生まれていい作品群じゃないだろう。

そして一方ではMarilyn Mansonの主催フェスに参加したりPIGとの合同ツアーをやっていた時期でもあったという(詳しくは公式HISTORYへ)。ほぼ余談みたいな話ですが、所謂90年代V系ブーム史において度々語られる「V系アンチからしても『BUCK-TICKは別だ』と言われる扱いだった」「BUCK-TICKへの扱いは既に洋楽に対するような空気があった」という言われ方はだいたいこの時期の外的存在感からなるのだろうとも思えます。

 

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で、筆者はその時代のBUCK-TICKもまたかなり好きで──というか「クオリティとは別に “方向性” として一番好きなBUCK-TICKは?」と訊かれたら「『SEXY STREAM LINER』から『Mona Lisa OVERDRIVE』くらいの頃かな」と応えるタイプだったりするのですが(多分ぴったり櫻井さんの言うところの「手探り状態」期だ)(──シュルレアリスム路線の後年も外せないのですが、とりあえず今回は置いといて)。

何故その時期なのか。一番単純なところで「その頃の櫻井さんの声質が一番好き」というのもありますし、当時の別働隊SCHWEINに代表されるような「線の細い櫻井ボーカル + 仄暗いインダストリアル、エレクトロ、アンビエント」をやっているのが好みだからだとも言えそう。2005年作『十三階は月光』でシアトリカルさを再度前面化させる前の、どこかリアリスティックかつ多色彩さを醸していた時代だとまとめてもいいのかもしれない。

 

『SEXY STREAM LINER』はいかにも90年代末期の薄暗い自閉的電脳世界のようで好みなムードだし、00年代に突入しての『ONE LIFE, ONE DEATH』はそういった自閉性を畳んで外へと向かおうとするBUCK-TICKとしてあまりにも素晴らしい一枚。

 

……

 

 

と、長話をもってようやく主題の作品に入るのですが。

『97BT99』。当時の所属レーベルだったマーキュリーがおそらくほぼ勝手に出した、所属していた97~99年のBUCK-TICK作品を2枚組ワンセットに収めた一枚。半ば非公認ベスト盤ながら、オリジナルアルバムに入ることのなかったシングル作品群を網羅しているので何かとあれば助かる作品です。このベスト盤の2枚目に、98~99年のシングル盤『囁き』『月世界』『BRAN-NEW LOVER』『ミウの収録楽曲が一気に収められています。

 

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(ちなみにDisc.1の方は97年のシングル『ヒロイン』とアルバム『SEXY STREAM LINER』の内容が丸々入れられています。)

この2枚目が結構好きなディスクなのですが、先日久々に通しで聴いて「いや、やっぱりめちゃくちゃ好きだなこの頃」となりまして。──その自分の “好きさ” がどこにあるのか。それをもう一度把握しなおすのも兼ねて、ここで本作を振り返っていきたいなと。そんな話なので音楽的な分析とかはあんまり出てこないだろうと思いますが。

 

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収録曲の曲順は先述のとおりシングル作品4枚の発表順。ただこれが意外にもアルバムとして綺麗にまとまるような順番となっています。

 

 

 

1. 『囁き』

 

前アルバムからニューリミックスでリカットされたシングル。おそらくBUCK-TICK史上最も「どういう経緯でこれがシングルになったんだ」と言われ続けているシングル作品。まるでメロディでは勝負しておらず、スローで気怠いドラムンベースのようなサウンドに振り切っている。密室情欲ソング。

この、いかにもサブカルっぽいというかアウトサイドな感触なわりにベタな露悪遊びみたいな下世話さが薄く、大人らしい落ち着きと深みを兼ね備えているのがこの時期のBUCK-TICKの魅力なんじゃないかと思う。

 

まあでもやっぱり一番面白いのはラルクGLAYがヒットソングを競い合ってLUNA SEAが『SHINE』やってた頃にBUCK-TICKはこれだったんだなあということだろう。

 

 

 

2. 『タナトス-the japanic pig mix-』 (remixed: RAYMOND WATTS (PIG))

3. 『MY FUCKIN' VALENTINE -enemy mix(full)-』 (remixed: GUNTER SCHULZ (KMFDM))

4. 『Schiz・o幻想 -the spiderman mix-』 (remixed: DANIEL ASH)

 

一気にリミックス3つ出し。担当者が豪華すぎる。

まさにドラッグ売りのストリートかクラブででも流れてるかのよう(※想像)なリミックスが並んでいる。Gunter SchulzのMY FUCKIN'、わりとKMFDMらしくて結構好きです。

Daniel Ashの『Schiz・o幻想』、「乳〜房〜の子守歌〜」と「やりまく〜る」の部分をリフレインしまくっているけど日本語歌詞を理解した上での行いなのかはちょっと気になる。そしてこのDanielリミックスから次曲『月世界』への接続が結構ハマっているという妙現象。

 

 

 

5. 『月世界』

 

昏睡のアンビエント、トリップ、シューゲイザー的ギターノイズ。まさしく「私の好きな要素しかない」曲。実際筆者はこの曲をエンドレスのように流しているターンというものが結構あったりもします。

96年に急性腹膜炎で緊急入院していた頃の櫻井さんが、当時昏睡状態で見た夢を元に作詞を手がけたという。病的と言えば文字通りの病的なのだが、病床故の「最も純粋なもの」が現れた歌詞だとも私は思う。

 

泳ぐ 独り 深い 闇を

あなたに逢えるまで

 

──筆者が思うこのディスクの良さとは、一言で纏めればこの曲『月世界』なのだ。この曲が体感的なリード曲であり、ディスク全体のムードを象徴しているのだと思う。

 

 

 

6. 『My baby Japanese』

 

史上最も凶暴な星野曲(「史上最も」が多い時期だな〜)。サンプリングを重ねすぎてついぞこのバージョンでのライヴ演奏は出来なかったという、エキゾチックさをまぶしたインダストリアル・トラック。

 

狂言者のシンパ 砂糖の山の道徳

浄化と蘇生のパワー 暴れまくるタイフーン

気になる今夜のMenu 張り裂けそうなコカン

ハイエナ達は今夜 獲物にありつけるだろう

 

真っ白いこの部屋で あの娘は腹空かし 

マニキュアも剥がれ落ちている

僅かなスープと 一切れのパン屑と 

あの娘は天使をただ捜す

 

櫻井さんによる歌詞は中々他の曲では見ないような表現をしている。現代詩的というか。

またこの曲を聴いていると星野英彦という男は今井寿の対であると共に作曲隊として「相方」でもあるのだろうなあとも思わされる。今後こういう曲は書くんでしょうか?

 

 

 

7. 『無知の涙 HOT remix #001 for B-T』 (remixed:布袋寅泰

 

BUCK-TICKのリアル先輩である布袋寅泰によるリミックス。布袋さんが初めて他アーティストの楽曲のリミックスを手掛けたトラックになったので「#001 for B-T」と名付けられたのだそうだ。

無知の涙』のまさにちょっと布袋っぽいギターフレーズ部分を思いっきりフィーチャーしていて色々と笑う。

 

 

 

8. 『BRAN-NEW LOVER』

 

ここに来て、いやここでまさかの直球にシングルらしい浮遊的ポップ・ソング。1999年の7月に発売された、世界の終わりと再会の歌。シンセドラムのリズムが印象的。

世のセカイ系作品は大体この曲をイメソンに使えるという私か誰かが言い出した一説が……どちらも同じ時代故の産物かもしれませんね。

 

世界の終わりなら  真夏の海辺 

怖がらず目を閉じ抱き合っていよう

 

人間にはさようなら  いつか来るじゃない

この宇宙でもう一度  会える日まで

 

個人的にはライヴ音源での音響なり “淡さ” をもって仕上がりを見せていた曲だと思う。なんだかんだで準レギュラーくらいには演奏され続けていたかな。

 

 

 

9. 『DOWN』

 

A面曲のブランニューでポップに振りきった回答のように、獰猛なギターリフから暴れ猛るB面曲。実はかなり王道っぽい方向のダークなロック・チューンなのではないか。dtdの曲をマーキュリー時代にやったらこうなりますみたいな。

 

 

 

10. 『ASYLUM GARDEN』

 

ゴスい、というか暗黒の淵。次回アルバム収録の『サファイア』をより闇に沈めたような、虚脱の世と己を陰鬱かつ耽美に見渡す暗黒世界。

歌詞も後年のような文学めいた雰囲気を醸しており、もっと後の時代の作品と並んでも通用しただろうとも思える。リアレンジに選ばれても全然良かったのでは。

 

太陽に背を向け asylum garden 歩いた

時は止まり  黒い影がそこにある

 

黄色い光と  キャンバスの向日葵

黄色い光と  キャンバスの糸杉

黄色い光と  キャンバスの自画像

キャンバスの自画像

 

 

 

11. 『ミウ

 

いやもう、今更この曲の何を語ればよいのか。BUCK-TICKでもトップクラスの大名曲バラード。メロディメイカー星野英彦の最高傑作かもしれない。ひたすらに美しい旋律とバンドノイズが織りなすコントラスト、そしてドラマチックさに最初から最後まで息を呑む。

悪夢にうなされるような描写から始まって、夢から覚めて飛び立つように終わる。羽ばたいていったあの人と、今を歩いている少女を見守るように。これ一曲がひとつの美しい幻想奇譚であるかのよう。

これが90年代の陰鬱期BUCK-TICK最後のシングルというのはあまりにもハマりすぎていると思う。いや、それは偶然ではなく「成長し続けるバンド」として自然な結晶だったのだろうか。

 

先に「ディスク全体のムードを体現しているのは月世界」と書いたが、一方でピリオドの側からこのディスクの空気を象徴しているのがこの曲だとも思う。夜明けの薄暗さというものはかくも美しいものか。

 

血を流すあなたよ この胸に注いでくれ

薔薇色に染まる程に このまま  赤く  ひとつに

 

千切れた羽を欲しがる あの人は羽ばたく

夢見るアゲハの様に 狂い咲く花園

砕け散る嘘を欲しがる あの人は羽ばたく

夢見るアゲハみたいに 狂い咲く花園

 

編み上げブーツ履く 少女が歩いている

悪くない目覚めに 空を飛んでみようか

 

 

 

12. 『パラダイス』

 

ミウ』とどちらがA面曲になるか最後はメンバー多数決で決まったという逸話も頷ける、一発で盛り上がれるほどカッコイイ隠れ人気曲。SOFT BALLETに先行されたので封印していたというボディ・ミュージックに乗せて、闇というものを荒ぶるがほど綺羅びやかに喝采する。

ミウ』が「次のBUCK-TICKへの第一歩」だとするなら、こちらは「マーキュリー時代(97~99年)の総締め」であるかのようだ。

 

 

 

13. 『BRAN-NEW LOVER -CUSTOM-』

 

今井寿&横山和俊によるリミックス。前半と後半で2部構成のようになっており、まさしくノイジーで閉塞的な密室を思わせる前半部から 未知の世界へと扉を開いて歩き出したような後半部へと移っていく。ドラマ感のある良トラック。

当アルバムで聴くこのトラックへの感触は、まさしくオリジナルアルバムの最後を締めるインスト曲のような存在感だ。

 

パンドラの箱を今 アケハナテヨ

千切れかけたメービウスリング トキハナトウ

人間にはさようなら いつか来るじゃない

この宇宙でもう一度 会える日まで

 

 

 

 

 

 

90年代末期のような空気感とは言うものの、筆者は極幼少期のぼんやりとした記憶しかないのでたまに当時のテレビ作品などや一定のキーワードを見かけて「そんなのもあったような〜」くらいの感覚でしか語りようがなかったりもします。

とりあえず、ゲーム・アニメ『lain』のイメージだったり、『ブギーポップ』だったり、置き忘れたアスファルトでお馴染み『アナザヘヴン』だったり、当時の旧スクウェアの全力投球が『FF7』であるとかいうことだったり、それこそヴィジュアル系に関心のない人が当時のV系ブームを「なんか悪夢みたいな絵面だった (笑)」と表現する語り口だったり。大体そういった作品群からなるイメージで思い描いているもの。

そして90年代後期のBUCK-TICK作品からも、やはりそれらの作品群と近い感触を受けることも多いのです。それらの物語作品とも並べられる上質な一作品に触れたかのような満足感が、例えば本作の楽曲たちにもあるのかもなと。

薄暗くも取り留めのないリミックス音源たちから始まって、『月世界』ではっきりと輪郭を帯び、暗黒の彼方みたいな『ASYLUM GARDEN』まで行った後に『ミウ』と『パラダイス』の対象で終わる。例えばそんな「物語」を思い描いてみてもいいのかもしれません。うーんやっぱりBUCK-TICKにはホラーファンタジーアニメばかりじゃなくてサイコサスペンス系のタイアップも取ってほしかったかな。

 

勿論、話の流れで「物語」という表現で言ってみたものの、受け取りによってそれらの楽曲たちはファンタジーにも映るだろうし、或いは生々しいリアルを感じることもあるだろうとも思います。『月世界』や『ミウ』や数多の楽曲たちが、今なお私なんかの心を “掬える” 一曲であり続けているように。